東京高等裁判所 昭和32年(う)1623号 判決
被告人 新奥松芳
〔抄 録〕
所論は被告人には過失なく、被告人に過失ありと認めた原判決は要するに事実誤認である旨主張するものである。
よつて按ずるに、被告人は原審公判廷において、本件公訴事実である被告人が原判示日時場所において、国府津方面に向つて時速約三〇粁で道路左側を進行中、反対方向から外山昭人が、被告人の進行方向から見て道路中央部、向つて右側附近を第二種原動機付自転車(以下単車と略称する。)を運転し、時々顔を下げ乍ら、進行して来るのを約五〇米前方に認め、これと擦れ違いに入ろうとしたのであるが、このとき別に警笛を吹鳴せず、又何時でも急停車を為しうる措置を講ぜず、右外山が約六米の距離に接近して、被告人の進路に入ろうとしてたのを認めて尚且つ衝突の危険のないものと信じ、そのまゝ進行を続けた為、約三米の近距離で始めて危険と感じ、急遽把手を右に切つて、車体後部を左に振つて、之を避けようとしたが及ばず、自車の右後輸(原判決は左後輪と誤記している。)附近を右単車に衝突させ因つて外山昭人に対し原判示傷害を蒙らせたという事実を認めているのであり、且つこの事実は原判決引用の証拠によつてこれを認めうるのである。
ところで、検察官は当審において、訴因の一部である被告人は外山昭人が自己の前方約五〇米の地点において時々顔を下げ乍ら進行して来るのを認めた旨の部分を、被告人は自己の前方約五〇米の地点において外山昭人が時々顔を下げ又上体を左右交互に動かして縫うように前進する危険な進行状態で対面進行して来るのを認めた旨に変更しているのであるが、当審公判廷における被告人の供述、被告人の司法警察員に対する供述調書及び当審検証の結果によれば、被告人は外山昭人が自己の前方約三三米の地点から自車の前方一〇米か一五米位までの区間を大きく縫つて歩くように走つたのを現認していることが認められるのであつて、(五〇米前方で外山昭人が縫つて歩くように走つたのを現認していることを認めるに足りる証拠は存在しない。)更に右証拠と当審証人小松繁雄に対する尋問調書を綜合すると外山昭人が所謂蛇行状態で進行を続けこれに伴いその上体を左右交互に動かしていたことを認むるに足り被告人も又これを現認したものと認めるに十分である。
しからば、このような場合に、原判決が認定する如く果して自動車の警笛を吹鳴し又何時でも急停車を為しうる措置を講ずる義務ありや否やにつき按ずるに、司法警察員作成の実況見聞調書及び当審検証の結果によれば、本件現場は国有鉄道小田原駅東方約二粁、酒匂橋東方約三〇〇米の小田原市から国府津へ通ずる東海道一級一号国道であつて、東西に走り酒匂橋から本件現場を通りその東約二〇〇米の間は略直線平坦で勾配もなく、見透しも良好であつて、交通の障碍となる物は何も存在せず、道路中央部巾六米はコンクリート舖装、その両側は非舖装で非舖装部分の幅員は北側(被告人進行方向から見て左側)は二米三〇糎、南側は二米六〇糎であることが認められるのであるが、このような現場において、右認定の如き状態で対面進行して来る単車を右認定の如き距離に発見した自動車運転者は、夜間で自動車の前照燈は点燈されていてもなお警笛を吹鳴して相手単車の操縦者に正常運転に復帰するよう警告を与え爾後の行動により臨機の措置を採り得るようその行動を注視する義務あるものと認めるのを相当とする。
ところで、外山昭人は被告人の自動車の進行をその前照燈によつて、約五〇米の前方から已に確認していたものであるが、外山昭人の司法警察員に対する供述調書の記載、当審公判廷における証人としての供述及び当審証人小松繁雄の証人尋問調書の記載を綜合すれば、外山昭人は当時多少酒気を帯びていたこと、無許可運転であつたこと、更に本件現場を夜間通行したことは本件当日初めてであつたこと被告人の自動車に接近するや、その前照燈で目が眩み単車の操縦を誤り左に切るべき、把手を右に切り被告人の自動車の進路に突然侵入したものである事実が認められるのみならず外山昭人は当審において証人としてトラツクの走つて来るのは気がついていたから自分としては注意はしていたが、街燈がないので暗く又ライトの光線が浮き上つて見えるので距離がはつきりしなかつたということは言えると思うと述べているのであつて、これらの諸点を併せ考えると被告人がその前方約三三米の地点において外山昭人が前認定の如く蛇行したのを発見したとき直ちに警笛を吹鳴したとしても、外山昭人に対し、被告人の自動車と衝突しないよう正常に運転進行することを必ずしも期待し得るとは認められないのである。
しからば、被告人が警笛を吹鳴していても本件衝突事故の発生を防止することを期待することができたかどうかは不明と認めるの外なく被告人が警笛を吹鳴しなかつた為に本件事故が発生したものとは確認し得ないのである。
従つて、被告人の警笛吹鳴義務達反と本件衝突との間には原因、結果の因果関係が存在しない場合と認められ、結局被告人が警笛を吹鳴しなかつたことをもつて、本件事故発生の責任を被告人に帰せしめることはできないものと謂うべきである。
次に右の如き現場において、前認定程度の単車の蛇行操縦状況では、殊に被告人の当審公判供述及び外山昭人の司法警察員に対する供述調書の記載並びに当審公判廷における証人としての供述によつて認められる如く、同人は被告人運転の自動車の進行をその前照燈によつてその前方約五〇米の地点から已に確認しており且つ被告人においてもこのことを予測し得る状況にあつたのみならず、外山は自己の進行方向から見て道路の左側進行を確保していたのであるから未だ外山の単車が被告人の進路に進出し両者が瞬時の後に衝突する虞れのあることを自動車運転者ならば何人でも容易に予測することのできる程度の危険にして異常な運転方法であつたとは認められないのである。
しからば、その際直ちに急停車をなし或いは急停車を為し得るよう徐行する等の措置を講ずることなく、そのまゝ進行しても無事擦れ違うことができるものと判断することは自動車運転者として当然のことであつて、別段咎むべき廉ありとは認められないのである。従つて、このような場合自動車運転者には原判決が認めるような何時でも急停車を為し得る措置を講ずる義務ありとは認め難いのである。
なお仮に右の如き場合に、自動車の運転者として、徐行して道路の左側に避譲措置を講ずる義務ありとしても、当審鑑定人安斉定雄の鑑定の結果に、同人の証人としての当公廷における供述を綜合すれば、約三三米の距離において外山昭人操縦の単車が蛇行するのを認めて、直ちに徐行して、把手を左に切つて、道路の非舖装部分一杯に避譲進行していても後段説示のとおり外山昭人操縦の単車の時速は約四三粁の高速であり、又被告人運転の自動車は前認定のとおり時速三〇キロであつた為必ずしも右単車と被告人の自動車とが衝突しなかつたものとは保証し難い事実の認められる本件においては、仮令被告人において、外山昭人の単車が蛇行するのを認めて直ちに徐行して把手を左に切つていても衝突を防止することは必ずしも可能とは認められないのであつて、被告人に対し本件衝突を防止することを期待し得たか否か不明と認めるの外ないのである。
更に被告人の原審公判供述及び検察官に対する供述調書の記載を綜合すれば、原判示の如く被告人は外山昭人操縦の単車が自己運転の自動車の前方約六米に接近した頃、把手を右に切つて被告人の進路に入ろうとするのを認めた事実を肯認しうるのであるところ、この時被告人が直ちに急停車の措置を講ぜず又外山の単車が三米に接近する迄これを避譲する手段を講じなかつた点において、被告人に過失があつたか否かにつき進んで審究するに、被告人の司法警察員に対する供述調書、当審検証の結果及び当審鑑定人安斉定雄の鑑定の結果を綜合すれば、本件事故発生直前の外山昭人操縦単車の時速は約四三粁であつたと十分認められ、又被告人運転の自動車の時速は前説示のとおり約三〇粁であつたのであるから、両者は算数上一秒間に約二〇米の割合で接近していることになり、六米の距離は一瞬の内に通過するので、被告人が危険を感じてこの時直ちに急停車の措置を執つても最早衝突を防止することは不可能であつたと認められることは実験則上からも明白である。又その時直ちに被告人が当審公判廷において供述する如く把手を一旦左に切り更に右に切る措置を講じていたとしても、右鑑定の結果によれば、六米の距離においては避譲措置を講じても衝突を免れることは不可能であつたことを推認しうるのであつて、六米の近距離では被告人側において如何なる措置を講じても衝突を防止することは最早不可能であつたと認められる。
果して然らば、被告人が六米の距離において相手単車が被告人の進路に入ろうとしたのを認めて直ちに急停車又はこれを避譲する措置を講じなかつたというて被告人に過失ありとは未だ認め得ないのである。
要するに、本件記録によれば被告人は正常に道路舖装部分左側を制限速度以内で進行していたところへ、外山昭人操縦の単車が六米の近距離に至つて俄かに操縦を誤り、被告人の進路に侵入して、被告人の自動車に衝突したものと認めるの外はないのである。
以上のとおりで、被告人に過失ありと認めた原判決は結局事実を誤認したか、法令の解釈を誤つたかの何れかであつて、この誤は元より判決に影響を及ぼすものであるから、論旨は何れも理由があり、原判決は破棄すべきものである。
(山本謹 渡辺好 石井)